1話

「兄貴。これ」

 昼休み。三年二組の教室は昼食を取る生徒たちの喧騒に包まれていた。その傍らで友人らと机を囲んでいた藤崎智也の耳に聞こえてきたのは、気怠そうな女の声だった。
 背後から聞こえたそれに振り向くと、片手で弁当包みをこちらに突き出している女子生徒が立っていた。濃い茶髪を首元辺りで整えた髪型のその女生徒は、童顔を面倒そうな色に染めて智也を見下ろしている。

「唯。なんか用かよ」

 ぶっきらぼうに返事すると、智也の二つ下の妹である彼女──藤崎唯は不機嫌そうに答えた。

「だから、これ。お弁当。兄貴忘れてったでしょ」

「ああ、悪い」

 適当に返事をして差し出された紺色の弁当包みを受け取る。だがその反応が彼女は気に入らなかったようで、眉間にしわを寄せて言った。

「ちょっと。わざわざ届けに来てあげたんだからお礼の一つくらい言ってくれてもいいじゃん」

「あーはいはい。ありがとさん。助かったよ、唯」

「もう。これ二回目だかんね。次忘れたら届けてやんないから」

「別にいーよ。そんときゃ学食買うから。それよりさっさと自分の教室戻れ」

 片手をひらひらと振りながら机の方へ向き直る。またも気に障ったようで、「ばーか」と智也の背中に吐き捨てるように言うと、足早に教室を去っていった。
 それを見計らったように、共に机を囲んでいた友人の一人が話しかけてきた。

「いやー智也お前いいよなー。あんなカワイイ妹居てよ」

「可愛いのは顔だけな。あんなの生意気でうぜーだけだよ」

 弁当箱を開けながら答える。すると今度はまた別の友人がパンをかじりながら口を出してきた。

「そうかなぁ。わざわざお弁当届けに来てくれるくらいだし照れ隠ししてるだけなんじゃない?」

「んなわけあるか。家でもずっとあの調子なんだぞあいつ」

「わかってねぇなぁ。そういうとこも含めてカワイイんじゃんか。小柄だし胸もけっこーあるし、ありゃかなりモテてんじゃね?」

 にやにやと気持ち悪い笑みを浮かべる友人に、智也は不快感を覚えた。

「おい、あいつのことそんな目で見んじゃねーぞ」

「別に俺はキョーミないって。俺年上好きだし。それよりなんだかんだ言う割にはお前こういうこと言われるの嫌がるんだな」

「智也も素直じゃないよね。ほんとは結構妹思いのくせにさ」

「うるせぇほっとけ」

 友人の指摘に言い返すこともできず、顔が少し熱くなる。智也が妹思いであるのは本当のことであり、図星だったからだ。
 だが彼と妹が不仲なのもまた事実であり、それは妹である唯が智也と同じ高校に進学してきた頃からだった。その理由は彼自身もよくわかっておらず、急にそっけなくなったり生意気な態度が増えたのだ。それに意地を張って智也も同じような態度を取るようになり、ギクシャクした関係になってしまった。
 特別きっかけがあったわけでもなく、その頃に変わったことといえば離婚していた母親に彼氏ができてたまに家に来るようになったことくらいだ。だから智也も「そういう年頃」なんだと深く追及せずに半年以上が経ち、既に十一月になっていた。


 夕方の教室。ホームルームを終えて帰ろうとする智也に、一人の女子生徒が話しかけてきた。

「あの、藤崎くん。ちょっといいかな」

「ん? ああ、真奈美。どうした」

 眼鏡をかけた真面目そうな雰囲気が特徴な彼女は、一年生のころから同じクラスの佐倉真奈美であった。

「えっとね。その、今日なんだけどさ。お母さんが家にいるからダメなんだ」

 申し訳なさそうに真奈美は言った。それを聞いて智也は、ああ、そういえば今日だったな、と思い出した。
 今日というのは、毎週金曜日に彼女の家で行っている勉強会だ。だが実際は勉強会というのは名ばかりで、智也が一方的に真奈美に勉強を教わっているだけなのだが。
 それもそのはず、智也は下から数えたほうが早いほどの成績で、反対に真奈美は学年トップレベルの成績を誇っている。智也が今まで一度も落第せずにこれたのは、誇張なしに彼女のおかげである。

「来週は多分大丈夫だと思うんだけど、ほんとごめんね」

 そう言って彼女は律儀にぺこりとお辞儀をする。
 さらり、と肩にかかっていた黒髪が枝垂れる。その毛束の向こうの胸元に自然と視線が向いてしまう。
 たゆんだ制服の隙間から、柔らかそうな二つの丘の谷間が顔を覗かせていた。彼女はいわゆる巨乳というもので、クラスでもエロいだなんだと囁かれることもあるほどだ。

「あ……い、いや、別に構わねーよ。気にすんな」

 不埒は目で見ていることを勘付かれる前に視線をそらす。だがそれを不自然に思った真奈美は、智也に心配そうな目を向けた。

「あ、ありがとう。あの、藤崎くん、どうかした?」

「べ、別にどうもしてない。じゃあ俺帰るから、来週よろしく頼む」

「あ、うん。じゃあね」

 おう、と明後日の方向を見ながら返事をして、智也は小走りで教室を後にした。

 学校からそれほど遠くない立地にある十階建てのマンション。その三階の角部屋が藤崎家の住居だった。高級マンションなどとは程遠いが、母親と兄妹二人が住むには十分すぎる環境だ。
 元々はもっと安いところに住んでいたのだが、妹の高校入学を機にここに引っ越してきた。
 通路の左手から差し込む夕日に、金曜日にこんな早く帰ってきたのは久しぶりだなとふと考える。そしてドア前まで来てポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。

「あれ」

 鍵を回そうとするが回らない。つまり既に鍵は空いている。
 今日は珍しく妹が早く帰ってきているのか、とすぐに納得し、ドアを開けて中に入った。「ただいま」と言いかけて、どうせ妹から返事は返ってこないだろうと口を閉じる。
 だが、自室にカバンを置きに行こうとしたところで気付く。向かい側の妹の部屋から声が聞こえていることに。

「ん?」

 その声に耳を傾けてみると、声はイマイチ聞き取れないが、同時にぎしぎしと何かが軋むような音が聞こえる。
 彼氏でも連れ込んでるのか、と考える。普段金曜日は帰りが遅いし、そういうことをするには絶好の機会だ。
 そこで、からかうネタになるだろうと思った彼は、少しだけ開いているドアの隙間から中を覗くことにした。

「……!」

 声は出なかった。いや、なんとか出さなかった。
 ベッドの上で仰向けに横たわっている妹。その体はベッドが軋む音とともに前後に揺れている。いや、揺さぶられている。
 その相手は智也たちの母親が交際している男だった。整った顔立ちをひどく醜悪な笑みに染めて、華奢な唯の身体を犯していた。
 制服とブラウスを無造作にはだけられ、下着は乱雑に床にちらばっている。組み敷かれている唯は抵抗の意思なんてまるで感じない、無感情な瞳で天井を見つめていた。その様子に、その行為が合意の上でのものではないことは明らかだった。

「いやー唯ちゃんほんっといい身体してるねー。おっぱいもまた大きくなったんじゃない?」

 普段母や智也の前では誠実な振る舞いの優男が、悪びれる様子もなくそんなことを口走る。答える気力すらないのか、ぴくりとも表情を変えない唯の姿がひどく痛ましかった。
 止めなくてはいけない。兄ならば当然の責務が頭をよぎる。だが、彼の身体はそのドアに手を伸ばすことすら叶わなかった。
 あまりに信じがたい光景に、思考も身体も追いつかない。目の前の行為の一挙手一投足を理解することが精一杯だった。
 そうしているうち、それを直視することに耐えきれなくなった彼は、静かに背を向けた。そして背後からいまだ聞こえている不快な音に聞こえないふりをして、ひっそりと自室に閉じこもった。


「ん──」

 目を覚ますと、夜の真っ暗闇の中にいた。背中に固い感触。どうやら床に寝ていたらしい。
 体を起こして不鮮明な頭をぽりぽりと掻く。その瞬間、脳細胞が刺激されたのか、寝る直前の記憶がフラッシュバックした。
 乱された衣服、生気を失った表情、男の厭らしい笑い。それは彼が吐き気を催すには十分だった。

「……水でも飲むか」

 そう思い立ち、腰を上げたその時だった。

「兄貴。いる?」

 妹の声だった。近頃は碌にノックすらしない彼女だが、律儀にドアを叩いて声をかけてくるなんて随分珍しいな、と智也は思った。

「いるけど。こんな時間になんだよ」

 夕刻の件を目撃してしまった手前、返答するのは少し躊躇いがあった。だが、もしかしたらあの光景は夢なのではないかという思いが、そう答えさせた。

「入るけどいいよね」

 そう勝手に言い放つと、唯は無遠慮にドアを開けて智也の部屋に入ってきた。そしてすたすたと何の気なしにベッドの方に来て、我が物顔でそこにとすん、と座った。さっきまで床に付いていたのか、薄いピンク色の寝巻を身に着けている。
 その姿を観察する。少しウェーブがかったセミショートの茶髪、幼さがまだ抜けない顔立ち。そこにいつもと変わった様子はないように思える。

「いつまでそこに突っ立ってんの。兄貴もこっちきて座んなよ」

 ぼーっと立ち尽くしていた智也に、唯はベッドをぽんぽんと叩いてそう言った。
 少し躊躇したが平静を装うために、おう、と軽い返事をして唯の右側に座った。

「珍しいな。お前が俺の部屋来るなんて。なんか用事でもあんのか」

「なに。用事が無きゃ来ちゃいけないわけ?」

「なんもなきゃ来ねーだろ」

「別にあたしが何しにこようが勝手でしょ」

「あっそ。じゃ好きにしろ」

 いつも通りのくだらない言い合いをした後、特に何を言うでもなく時間が過ぎる。こんなことはずいぶん久しい。昔は同じ布団で寝るくらい仲が良かったのに、今はお互いの部屋に入ることすらほとんどない。
 そんなことを思案しながら、二人の沈黙は続く。部屋を満たしているのは壁掛け時計が刻む針の音だけだった。

「あのさ」

 それが一分ほど続いた頃。沈黙に耐えきれなくなったのか、唯が口を開いた。

「なんだよ」

「兄貴さ。見たでしょ」

 瞬間、思考が止まった。あれが夢だったなどという幻想はそれで崩れ去った。

「は? 何をだよ。洗濯カゴに突っ込んであるお前の下着ならいつも見てるぞ」

「ごまかさなくていいよ。あたし兄貴がドアから覗いてるのわかってたから」

 何も言い返せなかった。そしてそれと同時に張り裂けそうな罪悪感がこみあげてくる。どうして止めなかったんだ、と。
 きっと唯もそう思っているだろう、と。横の彼女を見るが、その顔はうつむいていて表情は読み取れなかった。

「……悪かった」

「なにが」

「いや……お前があんなことされてんのに何もしなかったから、その、なんつーか、すまなかった」

 そんな言葉では許されないだろう。わかってはいるが今の智也にはそう口にするのが精一杯だった。

「別にいーよ。逆にあそこで兄貴が入ってきてややこしくなるほうが困るっていうか、むしろガン無視してくれて良かったよ」

 だが唯は、何でもないことのようにそう言ってのけるのだった。

「は? いやいやなに言ってんだ唯。お前その、無理矢理されてたんだろ? だったら俺が止めなきゃだろ」

「まあそーだけどさ。なんていうか……事情があんの。だからあんま突っ込まないで」

「なんだよ事情って。なんか弱みでも握られてんのかよ」

「突っ込むなっつったじゃん。あたしの話聞いてた?」

「いいから教えろよ」

「しつこい。やだ」

 それでも智也はしつこく問いただし続けるが、一向に唯は口を割らない。押し問答だ。
 そして先に折れたのは智也だった。

「わーったよ。これ以上聞くのめんどくせーからもういいわ」

 すると唯は智也に気付かれないほど小さく安堵のため息を吐いた。

「うん、ありがと、兄貴」

 そうして、ようやく兄の顔を見てそう言った。心底安心したような顔をして。その瞳は、少しだけ潤んでいた気がした。
 だがそれを兄に悟らせまいとするように、すぐに目を伏せた。

「あのさ、兄貴。ひとつお願い聞いてほしいんだけど」

 どことなく気まずい空気の中、唯がぽつりと呟く。その口調は先程とは違い、弱々しいものだった。

「あんだよ」

「慰めてくんないかな」

 そう、凍えた猫のような声で唯は言って、智也の肩に寄りかかってきた。普段は絶対にしない言動に戸惑いを隠せない智也。だが、平然としているようでやはり傷ついているのだろう。
 そう考えた彼は、ぎこちない手つきで柔らかい妹の髪をなでた。だが唯はそれが気に入らないのか、少し不機嫌な様子でその手を払いのけた。

「ちょ、なにすんだよ」

「そういう意味じゃない。わかるでしょ、兄貴なんだから」

「わかんねーよ。ちゃんと口で言え」

 つい癖で意地をはってしまう智也。普段であればここで唯はもう知らないと話を打ち切ってしまうのだが、この時だけは違った。

「もう、わかんないかな。だからさ、その……体で」

 その言葉の意味するところはわかる。だが、妹の口からそんな言葉が出たことに、少しの間言葉を失った。

「は……え? お前なに言ってんだ?」

「だから、あたしのこと抱いてって言ってんの。二回言わせんなばか」

 恥ずかしいのかそれとも後ろ暗いのか、うつむいたまま唯は言った。

「いやお前、俺たち兄妹だってこと忘れてんのかよ。そんなのだめだってお前の歳ならわかってんだろ」

「だから何。別にいいでしょ。兄貴あたしの体じゃ不満?」

「そういうこと言ってるんじゃねーよ。それに母さんだっているからすぐ止められるぞ」

「母さんなら今日は帰らないって。どうせアイツとラブホでも行ってる」

「だからってやっていいことと悪いことの分別くらいつくだろ。ちょっとお前冷静になれ」

 つい言葉に力が入ってしまう。智也とて、夕刻の件の手前、してやれることはしたい。だが、倫理に背いたことをするのは足が止まる。

「そんなことしなくても他にあるだろ。ほら、話だったらいくらでも聞いてやるから」

「話して何が変わるの? 兄貴に話してもあたしがされたことは何も無くならないのに」

 ぎゅ、と自らの服を握りしめて、吐き捨てるように言った。それに智也は言い返すことができなかった。
 そして、そんな智也の背中を強引に押すように、寄りかかっていた唯が遠慮がちに抱きついてきた。

「だからお願い、兄貴……。今日のこと忘れさせて。あたしのこと、好きにしていいから」

 唯は消えてしまいそうな声で、縋るように兄の体を抱きしめる。その姿は今にも泣き出しそうだった。
 初めて見せる唯のそんな姿に、智也の自制心が揺らぐ。
 ──妹のためなら。少しくらい倫理に背いたっていいじゃないか。

「……わかったよ。でも今日だけだからな」

 唯のため。つらいことを忘れさせてやるためなら。そんな、風が吹けば飛ばされてしまいそうな理由に流されて、口から言葉が零れ落ちた。

「じゃあキス、して。兄貴」

 潤んだ瞳を智也に向けて唯は言った。その顔があまりに痛ましくて──綺麗で、智也はその言葉に頷くことしかできなかった。
 そうして近づく二つの唇。それを拒むものはもう何もなかった。

「ん──」

 重なる二つの影。お互いの柔らかいものがほんの少しだけ触れ合う。緊張と背徳と哀願が支配するその接吻は、涙の味がした。


「んっ、ふ、ぅ……あに、き……っ、んっ……もっと──っ!」

 ベッドに並んで腰かけ、唇を交わす兄と妹。お互いの背中に回した腕は、頼りない力で身体を引き寄せ合っている。
 だが求めあう口唇は、これ以上ないほど熱く情を伝え合っていた。唯は不器用な舌使いで、一心不乱に兄の口内を貪っている。

「っ……は、おい、唯……がっつきすぎだ……っ」

「いい、じゃん……っはぁ、兄貴なんだし、たまには妹のわがままきいてよ」

「だからってちょっと加減を……っんむ……!」

 少しでも口を離すのが惜しいのか、言い終わる前に再び唇を塞ぐ。そして滑り込ませた舌で智也の無防備なものを捕まえると、自らのものと絡め合わせる。自分の舌を兄の感覚で染め上げるように。
 それを満足するまで続けると、今度は絡めたそれを自分の口に吸い上げた。じゅるる、と淫らな音を立てて、二人の体に快感が走る。
 それが智也の欲望を刺激し、背中に添えるだけだった手で強く唯の体を抱き寄せた。

「は……ねぇ、あたしの身体触ってよ……どうせ兄貴、女の子の身体触ったことなんてないんでしょ」

「うるせぇな。だったら望み通り触ってやるから泣くんじゃねぇぞ」

「兄貴に触られたくらいで泣くワケけないっつーの──んっ……」

 生意気なその口を塞ぐように、唯の膨らんだ胸を片手で包んだ。すると、びくんっ、と唯の体がわかりやすく反応した。その反応をもう一度確かめようと、今度は軽い力を入れてきゅ、と揉みしだいてみる。

「ぁ、っん……」

 可愛らしい声。智也に悟らせないように抑えたそれだったが、かえって色香を含んでいた。思わず唯の顔を見ると、さっきの生意気な口調が嘘のように惚けた顔を晒していた。

「なに、見てんの……兄貴……」

 自分がそんな表情をしていることがわかっていないのか、変わらない態度で唯は言う。だが、その言葉にまじる吐息が唯の色気をより一層引き立てる。
 そして、焦点の定まらない目とほんのりと染まった頬。唯のその様子は、智也が妹を女として意識させるにはあまりに過剰だった。

「っ……! 唯……っ」

「んっ──!」

 自分が妹にそんな劣情を抱いていることをごまかすかのように、強引に唯の唇を奪った。だが、兄のその行為に唯は抵抗なんて全くせずに智也を受け入れた。
 そんな唯に甘えて、目の前の少女が妹であることを忘れて唯の身体を弄ぶ。左手は唯の肩を抱いたまま、右手で好きに乳房のカタチを歪める。
 男である彼の手でも包み切れないほど発達した唯の胸は、絹のように柔く、力を少し込めるだけで指が沈んでしまう。だがそれだけではなくしっかりと押し返しが五指に返ってきて、触っているだけで気持ちがいい。

「んっ……ふ、ん、んん……ぁ、ん……っ!」

 その感触と唯の嬌声に、智也の股間にはどくどくと血が集まっていく。我慢ができなくなった彼は、唯の身体を守っている寝巻のボタンに手をかけた。
 それをぷち、ぷち、と外していく。その手が下へ下へと移動する度、二人の鼓動が少しずつ速まっていく。それはまるで、羽化しかけのさなぎを開くような背徳感の伴うものだった。
 そして一番下のボタンを外し終え、智也はそれをはだけさせた。さらに両肩に手をかけて、唯の身体からその寝巻を完全に脱がせる。

「唯──」

 ぱさり、と唯の温もりが残るものがベッドに静かに落ちる。智也の目に映った彼女の肢体は、下着など身に着けていなかった。その唯の身体に、唇を離して見惚れた。
 みずみずしい素肌の美しさも見事だが、その身体が描くしなやかな曲線にも目を奪われる。鎖骨から女の象徴たる膨らみへの緩やかな線は、薄桃色の頂点に達すると今度は下降していき、やがて腰のくびれへと至る。それはさながら流れる川のようななめらかさだった。
 それは兄妹ともに入浴していた頃に見た少女らしいものではなく、既に女の体になっていた。

「ちょっと兄貴。体、あんまじろじろ見ないでよ……」

 智也のその視線に、唯は目を逸らしてそう呟いた。

「あ……悪い。……でも別に減るもんじゃないしいいだろ、少しくらい」

「そう、だけどさ。それよりもっとあたしのこと触って欲しいっていうか……。胸だけじゃなくて、その……下とかも、さ……」

 唯は視線を床に向けたまま、ぽつりと言った。
 その言葉に促されるまま、視線を唯の言う”下”に向ける。まだ寝巻に包まれたままのそこを慰めるように、彼女は脚をもどかしげにくねらせていた。
 智也は胸を包んでいた右手で、軽くそこに触れてみる。指先にじんわりと湿った感触。それに導かれるように、智也は人差し指で割れ目のあたりを押してみた。

「あんっ──!」

 びくん、と軽くベッドが軋むほど体を跳ねさせる唯。

「感じすぎだろ。まだ触っただけだぞ」

「ん……うっさい。黙っていじって……」

 唯は言い返す気力がないようで、弱々しい声でそう言った。そんな彼女の様子に、智也は素直に唯の言葉を聞いてやることにした。
 服の上に這わせていた右手をその下に滑り込ませる。そうして触れたショーツは、寝巻きとは比較にならないくらいぐっしょりと濡れていた。
 そこを弄ろうとしたその時、もどかしげに唯が口を開いた。

「ねぇ、パンツの上からじゃやだ……直接して……」

「注文の多いやつだな……これでいいか?」

 少し乱暴に下着の下に手を突っ込む。そして、彼女の衣服を濡らしていた源泉に触れた。

「ぁんっ! んっ……それもっと、いじって……兄貴……」

 惚けた瞳で兄を見つめながら唯はそう懇願した。そこには普段の生意気さは鳴りを潜め、男を誘惑する女の色香が含まれていた。
 それに流されるままに、智也は唯の濡れたところを愛撫し始めた。人差し指を入口に這わせて軽く押し込むと、いともたやすく吸い込まれていく。

「あっ……ん、は、あ……に、き……んんっ……あっ……」

 それを軽く抜き差ししてみると、唯は身体をぶるぶると震わせながら可愛らしく喘いだ。その動きで揺れる乳房がひどく扇情的で、智也の情欲を煽る。
 人差し指を受け入れていてもまだ余裕がある唯の秘部に、中指を突き入れる。唯の口からよがるような声が漏れたが、二本目も簡単に蜜壺に飲み込まれた。
 そのまま抜き差しを再開すると、唯はさっきよりもより熱を帯びた声を上げて感じ始めた。

「は、ぁ、っあ、はぁ、んっ……だめ、あたし……っ、ちから、入んな、い……んっ、あっ、あ、ぁんっ……」

 唯の体は兄からの愛撫で、くた、と弛緩してしまう。智也はそんな唯の体を片腕で支えながら、妹の秘部を慰め続ける。
 愛液でどろどろの唯の陰部を智也の指が擦るたびに、じゅぶじゅぶと卑猥な音が響く。唯はそうやって兄から与えられる快感にただ身を任せていた。そして時々うわごとのように「兄貴」と口にする。
 そうして、智也の手が唯の蜜でべったりと湿ったころ、ついに彼の我慢が利かなくなった。

「唯っ!」

「あっ!」

 肩にかけた手でその体を押し倒す。そしてベッドに仰向けになった唯の上に覆いかぶさった。

「唯……本当にいいんだな?」

「は……今更なに言ってんの。言ったじゃん、兄貴の好きにしていいって」

 それが最後の一押しだった。智也は唯の言葉に一つ頷くと、さっきまで愛撫していた場所の衣服を脱がし始めた。
 まずは寝巻を脱がせる。すると露になる可愛らしいショーツ。水色と白の縞模様のそれは、暗闇でもわかるくらいじんわりと染みが広がっていた。
 その、唯の体を守る最後の布をするすると脱がせていく。外気にさらされた割れ目とクロッチの間を粘液が糸を引いているのが扇情的だった。
 やがて床に下着を落とすと、今度は智也は自らのベルトに手をかけた。そして下着と一緒にそれを脱ぎ、反り返るほど勃起したものが顔を出した。

「兄貴のけっこーデカいんだ。……ドーテーのくせになんかムカつく」

「うるせぇ。デカくてなんか悪いかよ」

「別に。……それより早く入れてよ。あたしそろそろ、その、我慢できないから……」

「言われなくても入れるっての。俺だってもう我慢できねーよ」

 唯は「スケベ」と呟くと、自ら脚を開いて花びらを智也に晒した。恥ずかしいのか顔は横に向けているが、それがより一層智也の興奮を掻き立てる。
 その気持ちに従うまま唯の脚を掴み、その間の濡れた場所に自らの性器を触れさせた。そのままぐっと腰に力を入れると、吸い込まれるように繋がっていく。

「あっ……! 兄貴の、おっき……あ、ああぅ、んっ……あぁん……っ!」

 奥へ進むほど、悲鳴のような声が唯の口からこぼれる。だがそれは痛みや苦痛からくるものではなく、快楽と悦びがもたらすものだった。
 そして挿入している側の智也も、唯の媚肉が自身の肉棒にからみつく感触に心地よい吐息を漏らしていた。
 そうして二人で快感に震えながら腰を進め、射精してしまいそうなところで先端が奥までたどり着いた。

「んっ、あんっ……あに、きの、ヤバ……あぅ、おく、まで……っ」

 唯は兄のものを奥まで受け入れた快楽で、びくびくと体を痙攣させている。視線は焦点が定まらず宙を泳ぎ、口からは小さな嬌声がとどまることなく零れている。

「おい唯、お前まさか入れただけでイったのか?」

「うっさい……ん、あにきのだって、びくびく震えてる、ぁ、ん、じゃんっ……っん……」

 唯は強がってそう言い返すが、甘い吐息を抑えきれていない。そんな唯の様子に、智也の嗜虐心が刺激される。
 ──もっと唯を狂わせてしまいたい。と。

「唯……動くからな」

「は……? ちょっとまっ──あうっ!」

 言い終わる前にぱん、と一突き。それが始まりの合図だった。
 智也は両手で掴んだ唯の両脚をはしたなく開かせ、そこに激しく腰を打ち付ける。唯を愛撫していたことで溜まっていた性欲のせいで、加減などできなかった。
 だが唯はそんな乱暴な兄の行為に抵抗することはなかった。智也のぷくりと膨らんだ亀頭で奥を突かれるたびに、よがるようにただ声を上げるだけ。

「あっ、うっ、あんっ、おっ、あに、き……! ヤバ、いっ、あにき、の、あぅっ、お、んっ……よす、ぎ、ん、あんっ、は……っ!」

 恥じらう余裕すらないのか、唯は獣のような喘ぎ声を上げる。その反応がますます智也の欲望に拍車をかける。
 激しいピストン運動はその動きを緩めることすらせず、時間とともに少しずつ速さを増していくばかり。だらしなく開かれた脚の間の結合部からは、その動きで愛液がはじけ飛ぶほどだ。

「は、唯……お前、ちょっと声抑えろ……っ、隣に聞こえちまうぞ」

「だって、あっ、んっ、あにきの、ちんぽ、キモチよすぎ、あぅっ、お、あんっ! は、あ、ぁ、あんっ、がまん、できない、っあ、は、あ、んっ!」

「っ……じゃあ好きにしろ……!」

 さっきよりさらに激しく唯の身体を犯す。自らの肉棒で目の前の女がこんなにも乱れているという事実が、智也の雄の欲望をこれ以上ないほど煽る。
 部屋の中は肌がぶつかる音とベッドの軋む音、そして唯の甘えるような嬌声が支配している。それに急かされるように、陰嚢の中の精が外へ放出されるのを待ちわびている感覚がする。
 だがそんなのお構いなしに二人の性交は激しくなっていく。ぱん、ぱん、と智也が唯の膣奥を突くと、唯のたわわな乳房が揺れる。繋がっているところは異物である肉棒にひだが触手のように絡みついて射精の瞬間を待ちわびているよう。
 そうして交わる二人の姿は、兄と妹ではなく、愛し合う男と女だった。

「あに、き……あっ、んっ、あたし、イク、あっ、もう、イっちゃう! あっ、あ、は、あ、あにき、イかせてっ……ぁんっ、あにきのちんぽで、イかせて……っ!」

 その言葉と同時に精液をねだるように男根を締め付ける唯の膣壁。それに抗うように智也は腰を叩きつける。
 急激に高まる射精感。だがそこでやめられるわけもなく、蜜壺への抜き差しを続ける。お互いに絶頂はすぐそこで、もう次の一突きでも果ててしまいそうだった。

「あっ! イクっ、いくいくっ、あにきっ──!」

 先に限界が来たのは唯だった。枷が外れたように体をびくびくと痙攣させ、中の生殖器を逃がすまいと締め付けた。
 そしてそれに導かれるように、智也の性器の中を昇ってくる精液。慌てて引き抜こうとするが、その瞬間唯の両足が智也に絡みついた。

「おい、唯、離せ……!」

「やだ、ん、中に出してっ……あに、きっ……なかだしして……っ!」

 その泣きそうなほど切なげな声でついに限界が来た。一番奥に先端を押し付けたまま、どくん、と大きな快楽の波が放出された。

「あっ──! でて……兄貴、の、んっ、ぁ、せいえき、あたし、のっ……なか、あっ、なかだし、され、てる……っ」

 津波のような快感にのまれて、ただ吐精することしかできない。びゅくびゅくと鈴口を擦って精子が大量に出ていくのが気持ちよくてたまらない。
 それがずっしりと唯の子宮に溜まっていく。とくとくとかさを増していくほど、唯は自分が兄に抱かれた証をもらえたことに喜びを感じていた。

「は、あ──唯、全部、出したぞ……」

 精を全て出しきると、倦怠感が全身を襲って唯の体に倒れこんでしまう。

「ん……ねぇ、あにき……きすして……」

 朦朧とした意識の中、唯はそう一言兄にねだった。智也はなんとか顔を動かして、唯の唇を塞いだ。
 すると唯は智也の首に両手を回し、兄の唇を味わい始めた。絶頂後の余韻を噛みしめるように。
 智也もそうしているのが心地よくて、しばらくの間そうやって唇の戯れを楽しんだ。


「悪かった」

「は? 何が」

 さんざんキスをして頭が冷静になった後、二人はベッドに仰向けになっていた。

「その、さっき中に出しちまったから」

「別にいーよ。あたしがそうさせたようなもんだし。それに今日あたし安全日だから」

「……そうかよ」

 さっきまでの行為の反動で、どことなく気まずい空気が流れている。

「てか兄貴盛りすぎ。さっきまでドーテーだったくせに」

「うるせぇ。お前だってあんあんよがってたじゃねーか」

「妹相手にサルみたいに興奮する兄貴よりマシでしょ」

「兄貴に抱いてって言ってきたのお前だろーが」

 だがすぐにいつもの調子に戻る二人。
 智也はそんな妹を煩わしいと思いながらも、そうしていつも通りの関係が壊れていないことに安堵していた。

「こういうこと今日限りだからな」

 釘を刺すように一言智也は言った。

「じゃあキスもっかいしてよ」

だが唯は少し不機嫌そうにそう言って、兄に顔を寄せてきた

「なにが『じゃあ』なんだよ」

「いいから。それで最後にするから」

「……ったく仕方ねーな」

 しぶしぶ了承すると、すがさず唯は兄の唇を奪ってきた。
 だがそのキスは一度だけの軽い接吻ではなく、熱く濃厚なディープキスだった。そのまま唯は兄の口と舌を貪り、智也もそれを受け入れた。
 そうしていつしか二人は眠りについていた。